私と家族の道標

11歳娘と8歳&4歳息子との日々。

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3度目の夏に実感する

2年前の夏休み、転勤引っ越しした我が家。

いまの地で迎える3度目の夏は、梅雨入り時点で厳しい暑さが続き、本格的な夏はもう日々溶けるような暑さ。

そんな暑さのなかで、ようやく、ようやく、

『住民』であることを、実感するようになりました。

 

2年前は、

《小5/小2/年少》の母だった私。

この2年で、

《中1/小4/年長》の母になりました。

 

体感的には短かったけど、長かったよなぁ。

子たちの成長を思うと、、うん。長かったよな。長かった。

 

引っ越しても長いこと、

『わが街』の実感が得られなかった。

8年間過ごした街への愛着は強く、悔やみきれないわだかまりがずっと残っていた。

どこの店へ行っても、どこの景色を臨んでも、つきまとう『あの日のわが街』の記憶。

ずっと、「この街ではお客さんだもの」という意識があった。

 

末っ子の園に対する不満もあった。

家族帯同したのに何もしてくれない、夫への苛立ちもあった。

 

そんななか見つけた、10数年ぶりの仕事。

www.milestone0123.net

 

幸運にも、子が通う予定の中学校で働けることになった。

ほんの少しだけ、地域の人と知り合いになれた。

そのひとたちに、子の入学を楽しみにしてもらえるようになった。

 

そして日が経ち、

思えばこの街3年生。

 

あの街3年生の頃は長女が

プレ→年少→年中になって

少しずつ知り合いが増えて

少しずつ行動範囲が広がって

 

小学校に入学した3年生の頃に例えるならば

同園卒以外の知り合いが少し増えて

名前と顔が一致する先生もそれなりに増えて

校舎の全体像もだいぶ分かってきて

 

そんな時期でしょう。

私の丸2年間は、しっかり妥当に、至極順調に、成長している。

 

なお私の友達は相変わらずほとんどいないけど、

「一昨年転校してきて〜」

と前置きすることで、初めて喋るひとに『どこにも属してないタイプ』と思わせるという点で大変有効。

園のママ関係見てると、群れるのはやっぱり無理っすわ。

 

 

さて。

子に先んじて一年以上長く中学校へ通っている私にとって、

参観日にしかいかない小学校よりも、中学校のほうがもはやホームです。

 

そんな中学校の入学式での大役を、小学校の担任から仰せつかった。

「転校してきて一年半ほどの我が子でいいのか」とも思いましたが、

これまでの人生ほぼ『優等生』で通ってる娘、全会一致で大役候補になったと言われ、お引き受け。

花をもたせてもらったな、と思うなどする。

当時の担任は、子からも保護者からも人気があるタイプ。

先生然としない姿は、頼りないわけではなく、一緒に全力で楽しみ、適度に悩み抜いてくれる、そんな安心感があった。

 

大役をこなしたことで、

「『あの』はつ山さん」などと言われる機会が何度もあった。

卒業後に小学校へ通い、

入学前に中学校へ赴き。

先生から『この街での居場所』を作るきっかけをもらった気がした。

 

 

私の職場にも変化があった。

採用してくれた責任者が離れることに。

年も近く趣味も接点があり、残念だった。

「長くいたけど、今のメンバーが一番良かった」

自らの意思で新天地へいくひとにそう言ってもらえたのは、この上ない褒め言葉。

 

新しく入ってきた責任者に、モノの在り処なんかをお伝えすることもあります。

私のほうが古参(←)なんだわ…と実感します。

分からないことも多いのだけど。笑

 

 

あのお宅のお庭が今年もすてき、とか

あのワンちゃんいつも跳ねてくれるのよね、とか 

スーパーのレジのお姉さん新顔だわ、とか

 

そう、

いつの間にか、

すっかり、

『わが街』。

 

 

春休みに前の街へ行ったとき

「どう、新しい街は」と訊かれ

「戻りたいよ」「未練しかないよ」

などと言い、周りを困惑させました。笑

 

一方、転勤帯同で転出までもう幾日、という友人一家があることを知る。

更に、マイホーム買ったけど、介護で実家帰ることになったから転校、という一家も。

 

みんなそれぞれに事情がある。

うちだけじゃない、という当たり前のことを実感しました。

友人たちに会える機会があったことに感謝。

 

 

その後、初めて実母が遊びに来ました。

「田舎でしょう」と自ら貶める私に

「いいところじゃない」と笑って返事をされた。

「だいたい何でも揃ってそうだし、コンビニ近いし」

という言葉に、胸が熱くなった。

 

当時、最善を尽くした選択が、初めて評価された。

心の底から救われる思いだった。

 

私は誰かに、

『2年前の選択は、後悔するようなものにはならなかった』

と言われたかったのかもしれない。

 

あの日から、自分のなかで何かが変わった気がする。

もう大丈夫、という実感ができた。

ありがとう母上。

 

3度目の夏。

今年はキュウリと大玉トマトに挑戦しています。